シリア内戦を取材中に拘束されたジャーナリストの安田純平さんが日本に帰国することが出来ましたが、この問題について再び自己責任論が再燃しています。
ネット上だと「政府の制止を無視したから自己責任だ」「自己責任だから国が税金を使う必要がない」などと安田純平さんを批判する声が目立ち、擁護の意見は少ない傾向が見られました。
大手まとめブログも自己責任論を強調している部分が多く、安田純平さんの交渉に税金が使われたことに不満のコメントを書いているユーザーも居たところです。
ただ、同時に自己責任論への批判も高まっており、「国が国民を守るのは当たり前」「自己責任論はただの自己中だ」「国や政治家が自己責任で済ましてはいけない」というような意見もありました。
自己責任論だのテロリストに利益を与えるな論だのと、色々とそれらしく大袈裟な理屈をつけてみたところで、結局は〈人と違うことをして目立つ人間が大嫌い〉という心情の吐露なんだろうな。ある種のジェラシーとも感じられる。怖いのは、その対象が幸不幸を問わないところですよね。なんだか歪んでる。
— 松井計 (@matsuikei) 2018年10月25日
蛆虫のように湧き始めた自己責任論者。しりあがり寿さんが四コマで喝破。 pic.twitter.com/2pDrHdhjNz
— ソウル・フラワー・ユニオン (@soulflowerunion) 2018年10月24日
産経新聞社説〈危険を承知で現地に足を踏み入れたのだから自己責任であるとし、救出の必要性に疑問をはさむのは誤りである。理由の如何を問わず、国は自国民の安全や保護に責任を持つ〉→【主張】安田さん解放 テロに屈してはならない https://t.co/NbiLkCVlJT
— Shoko Egawa (@amneris84) 2018年10月25日
報道の現場で働いていた私はイラン・イラク戦争、カンボジア紛争、9・11テロ後のアフガンと戦場取材を経験した。
「あんな危ない所へ行ったのだから、自己責任」という声もあるが、世界のどこかでどんなことがどのように起きているか、ジャーナリストとして伝えるべき大事な役目だと思っている。— 真山勇一 参議院議員 (@MayamaMia) 2018年10月25日
50年前のベトナム戦争で日本からもカメラマン(沢田教一、石川文洋など)が戦地に入り、命がけで撮った写真が世界中の人々に影響を与え戦争終結への大きな力になった。
沢田教一は撮影中、襲撃され亡くなった。
当時、自己責任だなどとほざく奴はいなかった。
この50年で日本人の民度は落ちたもんだ‼️— 俵 才記 (@nogutiya) 2018年10月25日
キャスト
安田さん開放で動いたのは
カタールが身代金300万ドル払った。菅長官
国際テロ情報収集ユニットが活躍した。大谷氏
日本は身代金を支払ったという事とはないと思う。「自己責任論」
国家が自己責任という事は、我々は知りませんと言ったようなもの。
国が守らない国民がいるのか。 pic.twitter.com/bMMm19NJvZ— 胡蝶蘭 (@3SC5vunUPhy5Env) 2018年10月25日
何かあるたびに声高に叫ばれる「自己責任論」は、権威主義的思考との関係で捉えれば、その標的となる者とそうでない者の選別法が理解できると思う。標的となるのは、政府の権威に刃向かう者や服従しない者、勝手に動く者、そして「政府の足を引っ張る者」だけ。分野が違っても、この構図は変わらない。
— 山崎 雅弘 (@mas__yamazaki) 2018年10月25日
ジャーナリストに自己責任を押し付ける人って、海外のジャーナリストが命を掛けて得た情報を金で買えば良い、と思っているのかな?
日本のジャーナリストも自己責任という言葉に侵されてないか?金で何でも手に入れようとするのはこの国が末期的状態ということ。
国民を守るのが政府の仕事。 https://t.co/mCKNNih4V2— おっちゃん (@haru2929) 2018年10月24日
フリージャーナリストは自己責任で危険をおかしてもスクープをものにする勇敢な人だと尊敬しておりました。
フィフィさんの情報では安田さんは取材対象の人たちを蔑視する言動をする方のようです。
僕にはパパラッチより下劣な仕事をしているように感じられます。
英雄なんかではないと思います。— 高須克弥 (@katsuyatakasu) 2018年10月25日
自己責任って簡単に言うけど、自分の行動に100%の責任をとって、誰にも迷惑かけずに生きていける人なんて一人もいない。自分のためにも、他人に迷惑かけるなみたいな言説は節度を弁えた方が良い。いざしくじってしまった時も、国家がセーフティネットとして手を差し伸べるのがまともな国だと信じる。
— 米重 克洋 (@kyoneshige) 2018年10月24日
自己責任論とは全く別の話なのだが、
海外で拉致された国民を救うのは国の責務だ、というのは正しいとしても、パリで観光客が誘拐された場合と紛争地域に赴いたジャーナリストが拘束された場合は意味合いが違うように思う。ジャーナリズムとは何かを考えさせられる。— モトケン (@motoken_tw) 2018年10月24日
後藤健二さんを見捨てた国と、あんな殺され方をしても人として狼狽する程怒らない国民の薄い感情に思い切り落胆したけど、安田さんにも自己責任の声が上がってるとか。ジャーナリストの目を通じて世界に向けた自分の目を瞑れと言うの?真実を知る権利を捨てろというの?
— 李ひとみ (@hitomi_rome) 2018年10月24日
身代金が支払われたかどうかははっきりしないし、日本政府は支払を否定している。仲介者が、うまく立ち回り、ダイレクトな支払が回避された可能性もあるだろう。支払があったと決めつけ、自己責任論とやらを振りかざして解放された人を責めると、今後、仲介者が嫌がり出てこなくなる恐れがある。 https://t.co/YBL9GH7kSa
— 落合洋司🇯🇵Yoji Ochiai 承詔必謹 (@yjochi) 2018年10月25日
14年前にイラクから人質が帰ってきたとき、羽田空港で「自己責任」「ぬるぽ」というプラカードを掲げた2ちゃんねるの連中が狂ったように喜んだのは、「自分たちがその日のニュース映像の切れ端に映った」ことだったんですよね。
「祭り」…っていう当時のネット用語も今の若い人には通じないかもね。
— ブルドッグ (@Bulldog_noh8) 2018年10月25日
イデオロギーを抜きにすれば、安田純平さんのジャーナリストとしての活動を評価できる人々は、紛争地における人々がどのような状況に置かれているのか、公式発表以外の第三者の目線で、きちんと知ろうという意識がある。自己責任で片付ける人は無関心か、他人事で見ないフリが出来る人間。
— 異邦人 (@Beriozka1917) 2018年10月25日
著名な「自己責任」論者なのに自説に反して救助された辛坊治郎の存在って、非常に重要だよね。
— 渡辺輝人 (@nabeteru1Q78) 2018年10月25日
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